ライフハック心理学

心理ハック

040 有能な人がやる気を失いやすい理由

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「自己効力感」という概念だけではなかなか見えてこないことがあります。「自分にはやれる・できる」という感覚が常に前向きな姿勢をもたらすとは限らないということです。

有能になれば批判能力も高くなる


人は能力を高めるほど、批判能力も高くなっていきます。これは仕方のないことです。

他人にこれを向ければ非常に感じが悪くなるに決まっていますが、自分自身にも常に向かってくるのです。スポーツを例に取ればわかりやすいでしょう。

五度の斜面でもしょっちゅう転んでいた子供でも、長年熱心に練習すれば、いつか三〇度でこぶだらけの斜面でモーグルできるようになります。

しかしそうなってしまうと、「ただ転ばずに三〇度の斜面を滑りきる」だけでは満足できなくなります。少し身体が遅れて後傾になったとか、切り替えが遅れて板がばらついたなど、高度な上に細かいことが気になり始めます。

この状態をしばらく続けるとまもなく「どうやっても満足できない」事態に見舞われます。自分自身の基準に照らした結果、高い水準を超えなければ不満だが、それ以上の水準を残すほどのやる気がわいてこなくなるのです。

先日NHKのテニス解説者が(御自身ももともともテニス選手だったわけですが)「クルム伊達さんを見ていると、自分ももう一度・・・と思いそうになることもあるけれど、彼女の練習風景を見ると、ここまでしなければいけないなら、自分はやりたくないなと正直思ってしまいます」と言っていました。そういうことです。

平均的なレベルの維持に切り替える


セルフ・ハンディキャッピングという心理学概念があります。私は有能な人がやる気を失っていく心理には、この概念が鍵を握っているとよく思うのです。

セルフハンディキャッピングself-handicapping
ある課題を遂行する際に,その遂行結果の評価的な意味をあいまいにするために,課題遂行の妨害となる障害を自ら作り出す行為。(中略)

その課題遂行に失敗した場合には,失敗がその障害のためであると自己の能力の欠如に対する帰属が割り引きされ,成功した場合には,障害があったにもかかわらず成功したと自分の能力に対する帰属が割り増しされることを目的としている。(中略)

セルフハンディキャッピングとしては,アルコールの摂取,困難な状況の選択,努力の低下,また,不安や病気の主張などが指摘されている。自尊感情の維持のために,自ら失敗の可能性を高めたり自分の欠点を主張する,一見矛盾する行為として臨床的にも注目されている
『有斐閣心理学事典』(太字は佐々木)


セルフ・ハンディキャップをかけることはなんとしても避けたいところです。人は「みっともない」という点をひどく気にかけるらしいのですが、そんなことより、最後の一節にあるとおり、これにはどこか「病的」なにおいがするからです。

セルフ・ハンディキャッピングが無意識に選択され、しかもしばしば「より好ましい、少なくとも十分理解されるべき」だと当人が感じているらしい点は、ますます要注目です。

その状況的な証拠として、人は他人のセルフ・ハンディキャップにひどく批判的であることがあげられます。同時に当人がしばしば「あえて困難な状況を選択した」などと主張するのには驚かされることがあります。

自分のセルフ・ハンディキャップは「誇るべきこと」と感じておきながら、他人のセルフ・ハンディキャップは批判する。無意識(無自覚)についての証拠を求めるのはたいてい不可能ですが、これはめずらしくいい線まで追い詰めているように見えます。

もともとの要因に立ち返ると、きつすぎる(自己)批判精神がありました。課題が困難だと感じていない限り「評価的な意味をあいまいにする」必要などありません。

困難な課題の克服の次に求めるものが、より困難な課題の克服だとするばかりでは、心が無気力を求め出すのもムリはないのです。課題に関する努力を一定以上費やし、ある程度の有能性を身につけたら、そこで自覚する必要があるわけです。

能力を自覚すれば、批判精神も無意識のうちに高まっていることが見えるわけです。ここから先は自己効力感ばかりではムリが出ます。高まった批判精神の取り扱いには注意が必要です。求める先を平均的なレベルの維持などに切り替えることが賢明でしょう。

そうすれば冒頭にあげたのっぽの△の頂点ばかりを意識して、無気力になったりアルコールに浸ったりせずにすむようになります。