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015 「学習消去」の難しさ

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のっけから、専門用語で申し訳ありません。「学習消去」というのは、心理学の専門用語です。たんに「消去」という場合も多いのですが話は簡単です。

ネズミがレバーを倒すと、えさがもらえる。えさがもらえると、レバーを倒す。レバーを倒すと、えさが出る。繰り返し、繰り返し、そうしているうちに、おそらくネズミは「えさをもらうためにレバーを倒そう」ということになる。それが「学習」です。

ところで、これは「薬物依存」のからくりと似ています。「ドラッグ」によって「ハイ」になる。繰り返し、繰り返し、「薬」に浸っているうちに、「ハイになるためにはヤクがいる」ということになる。これは結局、「学習」なのです。

いちど「学習」したことを、消し去ってしまうのは、容易なことではありません。ネズミにいったん、「レバーを倒す」事を教え込んでしまうと、レバーを倒してもえさが出ないようにしてみても、当分の間ネズミは哀れにもレバーを倒し続けます。倒しても、倒しても、何も出ない。それを、「何度も何度も繰り返して」から、ようやく「倒さない」事を「覚えなおす」のです。つまりこれも「学習」なのです。

行動心理学では、少なくともこんな風に考えます。何でも、学習なのです。何かを覚えることも、学習なら、忘れることもまた、学習です。(方向性によって「強化」とか「消去」といいます)。やっかいなのは、覚え込んだ習性、人はしばしばこれを「悪習」と言ったりしますが、習性を消去することは、場合によってはひどく難しいことです。

ダイエット、ドラッグ、アルコール、ニコチン、チョコレートから乱暴な恋人まで。「依存」に至るまでの刺激剤は色々とありますが、人はネズミよりも、「記憶力」がよいので、当然「覚え込む」のが早くなります。そして、「学習消去」も、ネズミにとってすら難しいのに、ネズミ以上に難しい。なぜなら、ネズミは結局、レバーを倒してもエサがもらえなければ、いつしかあきらめますが、人はあきらめません。ドラッグを買えなくなったら、借金してでも買うように「工夫」や「努力」をするでしょう。

ところで、「学習」を消去することの難しさですが、この難しさは、「学習の仕方」によって、異なります。たとえば、ネズミのレバー倒しを例にとると、簡単に覚えたことほど、簡単に忘れてしまう、という法則があります。これは、わかりやすいかもしれませんが、一応具体的に言うと、こういうことです。

たとえば、レバーを倒しても、必ずしもえさが出ないようになっていると、ネズミにとってはレバー倒しを学習するまでの、難易度が高くなります。2回に一回とか、3回に一回とか、2時間に一回とか。2時間の間は、何回押してもエサは一回しかもらえず、次にエサが出るのは、2時間後という事であれば、ネズミはレバー倒しをなかなか学習しません。

このことは、もちろんわかりやすいでしょう。「毎回毎回確実に」ご褒美がもらえるからこそ、その行為をすぐに覚え込む、というわけです。ご褒美がもらえたりもらえなかったりでは、なかなか一つの行為を覚えられない。これを「ランダム学習」といいます。

しかし、いったん覚え込んだ場合には、「ランダム学習」の方が忘れにくいのです。これもわかりやすいですね。大変な苦労をして覚えたことの方が、忘れないものです。だから、受験勉強などでも、「ランダム学習」の重要性が言われます。覚えたことを、決まった期間を空けて再テストするのではなく、ランダムに思い起こしてみた方が、記憶への定着がよいのです。

じっさい、回数も時間感覚もバラバラな「ご褒美」、つまり、何度に一度なのか分からない。何時間に一度なのかも分からないが、レバーを倒すと「時々」エサが出る、ようにしておくと、ネズミはレバー倒しをなかなか覚えられません。けれど、いちど覚え込んだらなかなか忘れません。「毎回毎回」エサが出る場合に比べて、その定着度の良さは歴然としています。

さてここで、少しイヤな話をしましょう。それは私たちは、「悪癖」ほど「ランダム学習」にしがちだ、という事実です。

たとえばダイエットする女性です。ダイエットする女性というのは、一度で理想的なダイエットがスッとできる、ということは実際まれです。一生懸命ガマンしていて、急にたくさん食べてまた太ってしまう。いわゆるリバウンドとという言葉があるほどです。

こういう食事のとりかたは、ランダム学習そのものです。急に大きな反動で食べるときは、ひどい空腹がガマンできないくらいなのですから、快楽もとても大きい。しかし、リバウンド後は、それほど大きな快楽もないのに、後悔だの自蔑だの、たんなる食べ過ぎだのといった、色々なネガティブな感情で、食べるでしょう。

食習慣を狂わせているのですから、食事時間もまちまちです。大きな快楽が突然ポツッとやってきて、それからしばらく快楽なし(あるいは不快ばかり)、という状態が続きます。時間も回数もまちまちな「食事」の、イレギュラーな頻度で、快楽というご褒美が得られる。こうして、「反動」を「学習」してしまうわけです。

もう一つ、さらにわかりやすい例を挙げましょう。スーパーなどで、大声で泣いて親を困らせている幼児を、時々見かけます。親は何とかして、その場をおさめようとしますが、なかなか泣きやみません。そこで親としては、本当はそんなことをしたくないのですが、忙しかったりして仕方なく、「今度だけよ」と言いながら、子供にジュースを与えます。子供はそれで機嫌を直します。

さて、逆説的なようですが、たまにジュースを与えたり、たまに厳しくされて与えなかったりするくらいなら、“毎回毎回確実に”与えた方が、その後のためには、マシです。いつか子供はガマンすることを、覚えなければならない年齢になりますが、それまでに「悪癖」を「ランダム学習」すると、ランダムでなかった学習に比べて、「消去」が難しくなるからです。少なくとも、行動心理学的には、こうなります。このことを、ランダム学習によって強化された行動は、消去が難しくなる、と説明されたりします。

もっともこれを現実の育児に応用すべきかどうかとなると、私には何とも言えません。そもそも子供とネズミは違います。それに、心理学という分野に限っていっても、行動心理学がすべてではありません。また、心理学と教育学は、重なるところがいかに大きくても、同じものではありません。そもそも心理は、人間の行動動機の全部ではないのです。