ライフハック心理学

心理ハック

目標を達成する習慣をつけるためには時間感覚を修正する必要がある

「1日にできることが少なすぎる」

というよく聞くぼやきがあります。これを聞いて不思議に思うことは少ないですし、言っている本人も何度も口にする「正常な表現」だと思っているでしょう。

しかし「1日にできること」の適正な量とはどのくらいなのでしょうか?

私自身Taskchuteで時間を見積もりだしたころは、あるいはそれ以前はいつも「1日経ってこれしかできない!」と驚き嘆いたものでした。

ですがこれは、非常に不思議な言い分なのです。

逆の驚き方をしたことがあったろうか? 「わずか1日で、なんと自分はたくさんのことをしたのだろう!」と驚いたことは、覚えている限りないのです。

よく考えてみると、これはおかしい話です。いつもいつも「1日経ってこれしか!」というのはおかしいのです。話をわかりやすくするためにこの「これしか!」を「10」としましょう。

「1日かけて、10しかできないのか!」

私はそう叫んでいたわけですが、そう言うからには「1日かければ100はできるはずだ!」という確信のようなものがあるせいなのです。しかしその確信は、自分が生まれて以来一度もできていない仮定に基づいているのです。

これはあきらかにおかしいではないですか。なぜ自分が生まれて以来一度もできていないことを「当然できなければならない!」などと思い込んでいたのか。

「3ヶ月でこんなにやれるのか!」


私はこれとまったく逆の驚きを、長いスパンではまれに感じたことがあります。留学中もそうでした。「わずか100日で、自分はこんなに大量の英文を読めるのか!」と衝撃を受けました。

しかし留学中もやはり毎日のように「1日かけて、これしか読めないのか!」と嘆いていたことは相変わらずでした。

この2つの感覚は明らかに矛盾しています。「1日」が「少なすぎる!」のなら「その100倍」は「あまりにも少なすぎる!」にならなければいけないはずなのです。毎日毎日「少ない!」「少ない!」「少ない!」と言っていた人が、その「少ない」のを100日分をまとめたとき「多すぎる!」というのは合理的とはいいがたい。

でもそれが実感でした。

つまり私は1日でやれると思っている量は多すぎるのですが、100日でやれると思っている量は少なすぎるのです。これを修正しない限りなかなか「継続は力なり」という文句が空々しく響くわけです。

なぜなら「継続に一定の効果を出すためにも毎日はもっとたくさんのことをやれないとダメだ!」と思うと同時に、「100日継続したところで成果はたかがしれている」と思ってしまうからです。

明らかにこの反対の信念を持つ方が継続力を発揮できます。毎日やることは決して多くはないが、100日ではかなりの成果になると思うべきです。その方が習慣化へのモチベーションは高く維持できるはずですし、しかも現実にその通りなのです。