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心理ハック

なぜ「タスク管理」などするのか?

最近なぜか立て続けにこういうことを尋ねられる機会があった。つい昨晩もやはり議論になった。

私自身は正直言って、あまりのこの議論をする意味はないと思っている。タスク管理というのは「記憶力の不足を補う」のが主な目的であって、その必要がまったくないほど記憶力があれば要らないものだ。

タスク管理の基本は、Remember The Milkである。忘れずに牛乳を買うことである。意図せずにいれば実行されない行動の代わりに、おそらくは前頭葉で計画した行動を未来の一時点において確実に行うようにすることだ。

個人的にはタスク管理することは、タスク管理しないことに優るとは思っていない。樹木はタスク管理しないで生きているが、私の生は樹の生に優っているように見えない。ただ私の人間らしいせせこましい根性が、良くも悪くも前頭葉の未来記憶を確実に実行させたがっている。

「行き当たりばったり」よりも優れていると思っているから「計画的に」管理しているのではない。「行き当たりばったり」の積み重ねが私を結果として苦しめるから、その苦しみを遠くに置きたいとつい思ってしまうのだ。

「無駄な」ネットサーフィンの時間を少し縮小したい。そう思ったらそれはもう「タスク管理」の始まりだと思う。「あなたのタスク管理のキッカケはなんですか?」という問いに私は答えにくいと感じる。どこまでも遡ることになり、結局「物心ついたころ」まで戻ってしまう。

あくまで記憶している限りでは、最初にこの種のことをやったのは3才のころだった。記憶が間違っていない保証はない。その時「7:30おきる」から始まって「8:00ねる」までのリストを作った記憶がある。母にからかわれて少し不快に思った記憶もある。もしかすると4才だったかもしれないが、青森でのことだったから5才にはなってなかった。(私が埼玉県に越してきたのは4歳半の時であった)。

もちろん母が正しかった。人間そうそうこんなふうに計画通り実行できるわけもなく、リストは即座に有名無実なものになる。しかし母は残念ながらなぜこういうことを人がやろうとして失敗するのかについて厳密には答えられなかった。そこで私が代わりにその「答え」を延々探し求めたということもできる。

私はかなり長いこと、その後少なくとも5年以上、間違った方向に答えを求め続けた。問題は意図した通りに行動できないということではないということに気がつかなかったのだ。その辺が子供だったわけだが「意志を強くする」かそれとも「合理的な計画を組む」ことで、全ての行動を必ず意図したとおりにすることは可能だと信じ切っていた時期がある。

「無駄な」ネットサーフィンを避けるとか、牛乳を「忘れずに」買ってくるという一連の意図は、行動にまつわる思考そのものだ。タスク管理とは行動の思考を整理することであり、行動を直接コントロールできるものではない。

そのことにおぼろげながらようやく思い至って「タスク管理」と「予定管理」を分け始めたのは中学になったころだった。記憶している限り最初の電子辞書を買ったのは中学3年か高校生1年のときである。何に使っていたのかは思い出せない。ただ当時の私の成績の悪さからして、なんの役にも立たなかったのはたしかである。