ライフハック心理学

心理ハック

自宅でなにも問題はないけれど

シゴタノ! 自宅をオフィスにするか、別に借りるか?
SOHOな人にとって、仕事とプライベートのケジメは永遠の課題。僕自身もSOHOなのでこの問題に常にさらされています。通勤がないため、起きたら出社、寝たら退社という、起きている時間=稼働時間な状態になりがちで、なかなか境界線が引けなかったりします。逆に真っ昼間でも家に居ることができてしまうので、なんとなーくテレビを見始めてしまったがために、気づいたら外は暗くなっていたり(たまに良い映画がやっていたりして非常に危険です)。 …

連日大橋さんの昔の記事から引用ですが、私にとってこの「ケジメを付ける」という意味で家の外に出る価値はほとんどありません。家にいても特別映画やマンガやテレビを見たいと思わないし、現に見ていないからです。何か食べたりもめったにしません。(大橋さんに言わせれば私は特殊な性格だそうです)。

しかしやったことはないのですが「ホテルに缶詰になる」効果はおそらくあるだろうと思っています。最大のメリットは「一人になれる」ことです。その意味でカフェはダメです。

大橋さんは自宅にいてもたぶん容易に「一人」になれるのでしょう。この記事を書いた当時はそもそも結婚されていなかったようです。ですから「一人になれる」効用について記事中さほど強調されていません。

私は何か仕事をする際にもっとも大事なのは「寂しさと孤独」の感覚だと思っています。それもひしひしと迫ってくるようなのが私には必要です。

家で仕事をしているとひっきりなしに妻や娘に呼びつけられます。これが邪魔だとか集中を乱すというのはたいして問題でないのです。しかしながら問題はあります。「自分は必要とされている」という感覚が常にもたらされてしまうことです。

しかしホテルの部屋などを少し薄暗くして、テレビもなにも付けずにしばらくたたずむと、ひっそりとした空間の中で沈黙の音が聞こえてくるような気がします。この音が大事なのです。これが聞こえてくると「自分は社会の中で疎外されている」ような気がしてきます。この疎外感が私を仕事に向かわせるのです。

どうして疎外されると仕事したくなるのだろう


これも私の「特殊な性格」ゆえのことかもしれず、だとするとあまり他の人の参考にならない話かもしれませんが、ここまでつきあっていただいたので最後までどうぞ。

疎外されて孤独になると「人と繋がろう」とします。脳の中にはそういう部位があるのです。最近「社会脳」などという言い方で指摘されることが増えてきました。

そういう欲求がとくに私のような仕事では欠かせないのです。私は今文章を書いています。これは誰かとコミュニケートしようとしているから書けるのです。

人と繋がりたいという孤独感を、テレビや電話や居酒屋で満たしてはいけないのです。コミュニケート欲求に飢餓感をもたせてやると「何とかして人と繋がろう」とします。文章を書くということは一人でひっきりなしに喋っているということです。ひっきりなしに一人で喋っている人というのは孤独に見えるでしょう。そういうものなのです。