旧ライフハック心理学

心理ハック

007 「ロボット」にまつわる脳部位

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以下の記事は2006年4月6日に書かれたエントリですが、きわどいことを書いている割には不正確なところも多いので色々と手を加えてみます。

『ドラえもん』を20巻読んで、とても面白いと思った人は、それまでの確かに楽しかった20巻すべてより、第21巻を読みたがります。

当たり前のことですが、心理学的には、当たり前ではないのです。

人は、「新しもの好き」だ、というのが、これに対する1つの答えとなっているようですが、これでは完全ではありません。

「新しもの好き」というのは「ドラえもんの第21巻を読みたがる」という心理についてきちんと説明しているとは思えません。なぜなら「新しいもの」が欲しいだけなら、『ドラえもん』ではなくて、まだ読んでいないマンガであれば何でもいいはずだからです。

ここからは、私自身が男性であり、いわゆる「ストレート」、異性愛者であるという前提から話を進めます。性差別とはいかなる関係もありませんので、その点はご了解ください。

正直に告白すれば、私には、「経験したことのない女性とは全員、一度はセックスしてみたい」という欲望があります。特定のつきあっている女性がいる場合であっても、です。しかしながら、これを「新しもの好き」と言ってしまったのでは、不正確です。「新しい」ことが何よりいいのであれば、同性愛者にもなるべきでしょう。

もっと言ってしまえば、上野動物園に行って裸のメスのおサルさんにだって、欲情すべきでしょう。私が男性にもおサルさんにも、性欲がわき上がらないことは『ドラえもん』の第21巻の場合と同じくほぼ自動的な方向付けが心に施されているからだと思えます。

つまり、「体験したことがあって、しかもそれが快感だったカテゴリの未体験領域は、大いに魅力があり、未体験ゾーンはそうでもない」ということになります。このことを説明するために、私は「ロボット」という認知心理学装置を仮定しています。

ちなみに、1歳半の私の娘にも明らかに「新しもの好き」なところが見られます。たとえばけっこう「新しいパン」などに挑戦したがりますが、どうも見たこともないような食べ物は敬遠します。また新しいオモチャを古いオモチャより圧倒的に好みますが、新しい「人」にはおびえるようになりました。

人間の脳にはこういう心理を可能にする機能があるのでしょうか。

ノックアウトマウスという不幸な実験動物があります。ノックアウトマウスは空間記憶に関する重要な、ある能力を失っています。

オリのあちこちに電気ショックをしかけておいてから、ショックを回避できる「避難場所」を用意してやり、それを覚えておけるように、たとえば4つの目印をつけておくと、ふつうの(ノックアウトでない)マウスはその目印を手がかりにして、学習した翌日であっても、避難場所に立つことができます。

ここでノックアウトマウスに同じことをさせます。ノックアウトという名称からして、目印を手がかりにショックを回避できなくなるのだと思われそうですが、そうではありません。4つの目印を覚えさせ、その4つを減らさずにおけば、ノックアウトマウスでも避難場所を覚えておくことができます。

しかし、4つの目印を1つに減らしてしまうと、ノックアウトマウスは避難場所を思い出せなくなります。普通のネズミはそれでも避難場所を探し出すことができるのです。

このことから、マウス以上の脳を持つ私たちは、少ない手がかりからでも、それに深く関わる記憶をたぐり寄せる機能を備えていると考えられます。確かに永く暮らした故郷の風景が大幅に変わってしまっても様変わりした小学校からかつて生活した実家までの道をたどることはできますね。

この仕組みは明らかに「ロボット」と関係があります。数少ない手がかり(思い出しにくいが思い出せる)をフル活用することで、新しいが間違いなく魅力的な刺激に注意を集中させられるということです。「新しもの好き」とはそういうことだと思います。

『ドラえもん』の最新巻(でも、宇多田ヒカルのニューアルバムでも何でもいいのです)を、初めて店頭で手に取ったり、ネットで情報を仕入れたりしているときに、提示されている刺激はかなり「限定的」です。中身は何も知らないのですし、見るのは「初めて」なのですから。

ある意味で「ドラえもん」と書かれた文字が同じなだけで、表紙の絵も「見たことはない」でしょう。このような「新しい」ものを見ているのに、数少ない「手がかり」だけを記憶から引きずり出すのはなかなか高度な能力です。

私はずいぶん以前に、「なじみ深くて新しいもの」というエッセイを書いたことがあるのですが、まさにそれこそが、人の望むものだと思います。

日々退屈しがちな人は、ぜひ以上のことを少しでもいいので検討してみてください。日常生活に彩りを添える1つのコツは、「なじみ深くて新しいもの」に触れることのできる可能性を増やすことです。